小説「光が通る街」1
『光が通る街』 1 町役場の古い掲示板には、 歴代の町長の写真が静かに並んでいる。 その中の一人―― 穏やかな笑顔で写る男は、 退任後も町のあちこちに影を残していた。 「……あそこだよ」 誰かが小声で言った。 ケーブルテレビ会社の社屋を指して。 「前の市長の息子さんが、働いてる」 噂は噂として、 誰も公の場では口にしない。 だが、市の金が 毎年、決まった額で その会社へ流れ続けていることだけは、 誰の目にも見えていた。 配慮なのか、偶然なのか。 佐伯は、その言葉を決めつける気はなかった。 ただ一つ、 公金は、疑念の影を嫌う という原則だけを、彼は思い出していた。 2 契約が結ばれた日のことを、 正確に覚えている者は少ない。 議会で詳細な説明はなかった。 議案には、 「負担金」という柔らかい言葉だけが並び、 総額の重みは分割されて見えなくなっていた。 市長室では、 静かに署名が交わされた。 片方は、市長。 もう片方は、 同時に市長でもあり、 ケーブルテレビ会社の代表でもある人物。 「町のためです」 そう言えば、 それ以上の説明は不要だった。 十四億八千万円。 契約の中身が、 議会で真正面から語られることはなかった。 3 物語は、もっと前から始まっていた。 工事会社、 ケーブルテレビ会社、 そして市の幹部職員。 会議は公式の場だけでなく、 非公式な打ち合わせとして 何度も重ねられていた。 「市が直接やるより、民間がやった方が安い」 「スピードも出ます」 「議会対応は、こちらで整えます」 言葉は整い、 筋書きは磨かれていった。 誰が主導したのかは、分からない。 だが結果として、 工事は特定の会社が請け負い 設備はケーブルテレビ会社のものとなり 市は長年にわたり負担金を支払う という結末だけが、 あらかじめ決められていたかのように見えた。 佐伯は、 それを「陰謀」とは呼ばなかった。 制度の隙間を、 都合よくつなぎ合わせた結果 ――そう呼ぶ方が、正確だと思った。 4 決算書の数字は、雄弁だった。 設備は会社のもの。 利益も会社のもの。 だが、リスクの一部と資金は、町が負う。 「これは……」 佐伯は、ペン...